ビジネスメール冒頭でよく見かける「お疲れ様です」「お世話になっております」。若い頃、この言葉に違和感を抱いた方も少なくないのではないでしょうか。かく言う私も、「別にあなたのお世話はしてないよ」と、斜に構えていた時期がありました。
しかし今は、この一言がどれほど大切で有益か、身に染みて実感しています。
ビジネスマナーは枕詞に宿る

「お世話になっております」という言葉には、直接的な意味よりも、「この関係性を大切にしたい」「ご縁に感謝しています」というニュアンスが込められています。いわば、日本的な『礼』の文化。これは言葉の中に潜む無形の配慮であり、コミュニケーションの潤滑油のようなものです。
実際、チャットワークやLINEなど、カジュアルなツールであっても、ビジネス上のやり取りに「お世話になっております」や「ご連絡ありがとうございます」といった枕詞を添えるだけで、やり取り全体の印象がグッと丁寧になります。
メールに添える一言が、信頼を築く

私が敬愛する兵庫の食品会社のM社長は、常々こうおっしゃっています。
メール文面冒頭の『いつもお世話になっております』『早速のご返信ありがとうございます』――これだけで、相手の気持ちも行動も違ってくるんです。
M社長は、非常に人たらしで、周囲からの信頼も厚い。パートのおばちゃんの誕生日には、ケーキを買って「ハッピバースデートゥーユー♪」を陽気に歌われる方です。
彼のビジネスが円滑に進むのは、長年のご経験や精緻な経営計画、扱われている商品の付加価値戦略だけではなく、こうした日々の ”ちょっとした配慮” が積み重なった結果でもあるかと存じます。
私は、はるか前方を現役バリバリで疾走されている、そんなM社長の背中を追いかけて精進する毎日です。
書かなくても業務は進む、でも…

もちろん、「お世話になっております」などと書かなくても、もしくは先方の言葉には傾聴せず、自分勝手で自己中心的な要望ばかりを一方的に突き付けても、相手は(少なくとも契約が成立している間は渋々でも)こちらの依頼にある程度応じてくれるでしょう。
エリック・バーカー著『残酷すぎる成功法則』でいうところの「テイカー=人から奪うことばかり考えてる人」にあなたが、もし万が一成り下がったとしても、先方も社会人、大の大人ですから、最低限のやり取りはきっちりとこなしてくれるかもしれません。
面と向かって苦言を呈されたり、やんわりとでも指摘されることも特にないのをいいことに、図に乗りたくもなるでしょう。要するにあなたからすると先方は「自分の思い通りに動いてくれる便利な奴」に見えるかもしれません。
しかし、ここに落とし穴があります。
“最低限” はやってもらえるけれど、それ以上はしてもらえない。

相手からは内心忌み嫌われ、煙たがられますから、関係性がにわかに疎遠になったかと思えば、いつの間にか門前払いされるようになる恐れも。
あなた側が無自覚なだけで、先方の主目的は「如何に速やかにあなたと縁を切るか」に差し変わっているからです。
人は感情の生き物
先述の食品会社の社長さんの言葉をお借りすれば「人は感情の生き物」です。相手も人間です。感情があります。
相手の笑顔と利益の先に、自分側の利益があると理解して下さい。いの一番で自分側の利益ばかり考えている人は、相手を笑顔には出来ません。だから相手も、この人の利益に貢献しようとは思いません。

「この人のためなら、もう少し頑張ってみよう」と思ってもらえるかどうかは、実はこの “言葉のひと手間” にかかっていることがあるのです。お世話になっております、という一言が、相手に「私はあなたとの関係性を大切にしています」という無言のメッセージとして伝わるからです。
特に、個人事業主や小規模の会社の経営者は、「自分=会社の看板」です。会社の規模で信頼が決まるわけではないからこそ、人柄や対応一つひとつが、ブランドのようなもの。
歴史から学ぶ、礼節の言葉

このような挨拶や文頭・文末の丁寧語は、実は現代だけでなく、古代中国や日本の書簡文化にも深く根差しています。
例えば、古来の漢文では書き出しに「敬白(けいはく)」「敬啓(けいけい)」などの言葉を用いていました。これは、「私はあなたに敬意をもって申し上げます」という意味です。
また、現在でも畏まった文面では使用されるように、当時も手紙の文末には「敬具」「拝具(はいぐ)」「謹言(きんげん)」などの言葉を添えることが一般的でした。
これらはいずれも、「私はあなたに敬意を払ってこの書を締めくくります」という意味合いを含み、相手との関係をより穏やかに、より敬意をもって保とうとする “儀礼” の一つです。

『三国志』の曹操(そうそう)が、敵将とのやり取りでも礼を失わない文体で書簡を送ったことは有名です。
時に命のやり取りをする戦国の世であっても、文のやり取りにおいては形式と敬意を尽くすことが、相手に対する誠意の証だったのです。
「お世話になっております」や、もっと卑近な言い方である「お疲れ様です」は、そんな慎み深い伝統的な礼節が「アップデートされた現代版」ともいえるでしょう。
セラーとしてのビジネスマナー

アマゾン物販を行っていくセラー(販売者)にとっても、これは極めて重要な視点です。
仕入れ先のアリババ業者や買付・発送代行会社、輸送業者、アマゾンのテクニカルサポート(セラー専用のお問い合わせ窓口)など、多くの外部パートナー(外注)との連携=業務委託が不可欠になります。彼らとの信頼関係が、ビジネスの継続と安定を支えています。

一言の挨拶や感謝が、成果物や次回以降の契約に反映されることもあれば、ちょっとした融通や助け舟につながることもある。逆に、そうした配慮を怠れば、相手が怒ることはなくても、徐々に関係は希薄になり、「この人には淡々と対応しておけばいい」と思われてしまうリスクすら十二分にあります。
社会人として、またビジネスパートナーとして、“人たらし” の一歩目は、まず相手に対して敬意と感謝を込めた言葉をかけること。それが、あなたの代わりに信頼を運ぶ “三方良しの伝書鳩” となってくれるのです。
最後に

「お世話になっております」は、単なる形式的な挨拶ではなく、ビジネスの人間関係を円滑にし、信頼を育む “投資” のようなものだと私は考えます。無論、形骸的に使うのではなく、心から農病や感謝といった「お気持ち=本心」とセットで初めて意味を成すものです。
たった一言で、相手の心の扉を少し開けてもらえるかもしれない。そんな可能性を含んだ言葉を、軽んじるのはもったいないことです。
「お世話になっております」は、実は遠い昔から続いてきた “人と人をつなぐ作法” でもあるのです。ぜひ、今日からの一言に、そんな意味を込めてみてください。
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