
この記事の結論
大人になると、人は生きるためにイキらなくなります。それは安定であり、成熟でもあります。
しかし同時に、牙や爪を失い、挑戦する力を失っていくことでもあります。
Amazon物販は、丸くなりすぎた人生に、もう一度小さな突起を取り戻すための現実的な挑戦になり得る。
Amazon物販・広告改善・無料相談
Amazon物販、中国輸入、米国Amazon販売、OEM、広告改善、販売計画で悩んでいる方は、まず現在地を整理することが大切です。
LINE追加後、メッセージで「無料相談」または「広告」と送ってください。
この記事で分かること
- 「生きるためにイキらなくなった」という感覚の正体
- 若い頃のイキりや散財を全否定しなくていい理由
- 香水・ファッション・ベースの経験から見える自己投資の意味
- 丸くなりすぎた人生が失いやすい牙や爪の感覚
- 経営における攻めの支出と実験的な挑戦の重要性
- Amazon物販が大人の自己更新装置になり得る理由
皆さん、今日もお疲れ様です。物販講師の黒澤です。今回は、Amazon物販の話でもあり、経営の話でもあり、そして少し大げさに言えば、人生の話でもあるテーマについてお話ししたいと思います。テーマは、「生きるためにイキらなくなった大人たちへ」ということです。
そして最終的には、Amazon物販というものは、丸くなりすぎた人生に、もう一度小さな突起を取り戻す挑戦なのではないか、という話につなげていきたいと思います。
最初に少しだけ補足しておくと、ここで私が言っている「イキる」という言葉は、誰かを見下すとか、虚勢を張るとか、他人にマウントを取るとか、そういう悪い意味だけで使っているわけではありません。もちろん、そういう意味でのイキりは、あまり良いものではありません。

ただ今回お話ししたいのは、もう少し別の意味です。若い頃にあった、あの荒削りなエネルギー。自分をよく見せたい、異性に少しでも良く思われたい、新しい服を着て出かけたい、香水をつけて気分を変えたい、髪型を変えて、いつもと違う自分になりたい。そういう、未完成だからこそ外側から自分を作ろうとする感覚です。
これは今思えば、確かに恥ずかしい部分もあります。無駄遣いだった部分もあります。背伸びだった部分もあります。でも同時に、それは自己成長のエネルギーでもあったのではないかと思うんです。

私は昭和50年代生まれの人間ですが、30歳を超えたあたりから、はっきり変わったことがあります。それは、かなり単純に言えば、自分にお金をかけなくなったということです。
もちろん、支出自体が減ったわけではありません。むしろ、払うお金は増えています。会社を経営していれば法人税がかかりますし、顧問税理士料もかかります。AIのサブスク費用、ホームページのドメイン代やサーバー代、仕事で使うツール代、広告費、外注費など、事業をしていれば年々コストは増えていきます。
ですから、単純に「お金を使わなくなった」という話ではありません。今回言いたいのは、そういう仕事上の必要経費ではなく、自分がイキるためのコストをかけなくなったということです。別の言い方をすれば、生きるために、イキらなくなったということです。
新宿伊勢丹のグッチで気づいたこと

このことにふと気づいたのは、先日、新宿の伊勢丹に行った時でした。
2020年9月25日(金)外壁修繕工事完了 消費電力従来比約50%削減、CO2を年間約26t削減
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001359.000008372.html
どこのデパートでも、1階には高級ブランドの化粧品売り場が並んでいます。新宿伊勢丹ももちろんそうです。その時、ふと珍しい店舗を見つけました。皆さんご存じのGUCCIなのですが、バッグや財布ではなく、グッチの化粧品や香水を売っている専門店でした。
もちろん他のデパートでもGUCCIのバッグなどは売っています。ただ、新宿伊勢丹には、全国で4店舗しかない、GUCCIのメイクアップ(化粧品)とフレグランス(香水)をフルラインナップで専門的に扱う常設カウンター「グッチ ビューティ(GUCCI BEAUTY)」があったんです。

そこで店員さんと話していた時に、ある香水が目にt留まりました。グッチ フローラ ゴージャス ガーデニア インテンスという香水です。その香りを試した時に、ふと思ったんです。そういえば私は、ずっと20年ぐらい、ポールスミスの香水を使っていたなと。

私が長年使っていたのは、ポールスミス メン オードトワレです。以前は、ポールスミスのエクストリームという香水を使っていたこともあります。ポールスミスというブランドについて、私の中では、新卒の社会人が初めての給料でちょっと背伸びして買うようなブランドというイメージがあります。
高級ブランドというほど高くはない。でも、ノーブランドではない。財布なら3万円ぐらい。時計でも高くて8万円ぐらい。香水なら5000円前後で買える。そういう、若い社会人が少し背伸びして買えるブランドという感じです。

その香水も、ブルガリのアクアのような、いかにも男性らしい濃い香りがするわけではありません。どちらかというと爽やかな香りです。ちょっと出かける時につけると、気分が良くなる。爽やかな気持ちになる。だから、なんとなくずっと使っていたんです。
でも、よくよく考えたら、それを20年ぐらい使い続けていたわけです。一時期、ポールスミス ローズ オードパルファムという香水を使っていたこともありました。これは、雨上がりのバラ園を散歩しているような、フローラルな香りの香水でした。でも結局、ポールスミスに落ち着いていたんです。
そんな中で、久しぶりに新しい香水の香りを嗅いだ。そして、その香りがすごく気になった。その後、自宅に戻ってから、ネットで購入しました。
若い頃のイキりは、自己投資でもあった

その時に、改めて思ったんです。そういえば、自分は若い頃、もっと自分にお金を使っていたなと。思春期の頃から、ファッションに興味を持って、背伸びしていろいろな服を買っていました。
小物はポールスミス。服はメンズビギ。靴はゴードンアンドブロス。ライターはオロビアンコを買っていたこともありました。もちろん、どれもものすごい高級ブランドではありません。靴も、何十万円もするようなものを買っていたわけではありません。
それでも、今よりは確実に身なりに気を遣っていました。異性を気にすることも含めて、自分の見え方をかなり意識していました。要するに、自分にお金をかけていたわけです。一言で言えば、イキっていたんです。
当時の自分は、内側がまだ固んでいませんでした。経済的にも整っていませんでした。だからこそ、外側の装飾的な部分にこだわりすぎていた面もあったと思います。
でも今思えば、あの頃の自分に対する散財には、自己投資としての側面もあったと思うんです。たとえ無駄が多かったとしても、服を買う、香水を買う、髪型を変える、靴を選ぶ、バッグを選ぶ。
そうやって、自分はどうありたいのか、自分は何に気分が上がるのか、自分はどんな姿で外に出たいのかを試していた。それは、今振り返ると、自己成長にとって意外と大切な要素だったのではないかと思うんです。
ベース奏者の仕事と、散財の中で育った判断基準

これは、私が19歳、20歳ぐらいの時にやっていたベースにも似ています。私はその頃、ベース奏者の仕事をやっていました。その時も、最初はやたらといろいろなベースが欲しくなったんです。
ケンスミス(Ken Smith)のような、ベースの中ではハイエンドと呼ばれるようなモデル。何十万円もするベース。そういうものを、5本ぐらい持っていたこともあります。もちろん練習もしていましたが、同時に、楽器の見た目やブランドや値段にもかなりこだわっていたわけです。
高いベースを持てば、自分も上手くなったような気がする。良い楽器を持っている自分に酔っていた部分もあったと思います。
でも、ある時に気づいたんです。そんなに高くないベースでも、良い音は出せると。たとえば、10万円前後で買えるアイバニーズ(Ibanez)のベースでも、自分の弾き方だったり、シールド、つまりベースのケーブルだったり、アンプだったり、セッティングだったり、そういう部分でいくらでも良い音は出せる。
そう気づいた時に、なんでもかんでも高いベースを買うことは一気になくなりました。今、自宅にはベースが1本しかありません。
ただ、ここで大事なのは、「最初から1本でよかったじゃないか」という話ではないんです。いろいろなベースを買って、試して、失敗して、比較して、ようやく分かったことがある。つまり、散財に見える過程の中で、自分の判断基準が育っていたわけです。

これはAmazon物販にも通じるところがあります。
最初から完璧な商品選定や広告運用ができる人はいません。最初の挑戦には、どうしても遠回りや無駄が含まれます。
しかし、その遠回りの中で、市場を見る目や、数字を見る力や、自分なりの判断基準が育っていく。若い頃のファッションや香水や楽器への散財も、ある意味ではそれと同じだったと思うんです。
無駄に見える。でも、その無駄の中で、自分が作られていた。
だから、若い頃のイキりを全否定してはいけないと思うんです。もちろん、40代、50代になって、10代20代のように無計画に散財しろという話ではありません。
家族がいる方もいます。会社を経営している方もいます。住宅ローンがある方もいるでしょう。子どもの教育費がある方もいるでしょう。将来への備えも必要です。だから、無謀な浪費をしましょうという話ではありません。
ただ、生活のため、会社のため、家族のため、税金のため、サブスクのため、顧問料のためにお金を使っているうちに、自分を尖らせるためのお金を完全にゼロにしてしまうのは危険なのではないかと思うんです。
丸くなることの安心と怖さ

人間は、年齢を重ねると、だんだん丸くなります。「丸くなったね」と言われることがあります。昔は尖っていた。昔は生意気だった。昔はこだわりが強かった。昔はすぐに突っかかっていた。
でも、年齢を重ねると、だんだん衝突しなくなる。無駄遣いもしなくなる。見栄にも振り回されなくなる。同じ服を何年も着る。下着はユニクロでいい。香水なんて買わなくてもいい。髪型も、昔のようにあっちの美容室、こっちの美容室と探し回ることもなくなります。
若い頃は、次はこういう髪型にしてみよう、メッシュを入れてみよう、髪色を変えてみよう、そんなふうに毎回のように考えていたわけです。でもいつの間にか、いつもの美容室や床屋に行って、「いつもの感じでお願いします」と言うだけになっている。
美容師さんとの間でも、細かく説明しなくても、いつもの長さ、いつもの形で切ってもらえる。整髪料も何年も同じものを使っている。なんだったら、整髪料も使わずに、帽子でごまかして出かける。これは悪いことではありません。むしろ安定しています。平和です。穏やかです。無駄がありません。
でも、そこに少し怖さもあると思うんです。上流の石は、ごつごつしています。角があります。流れにぶつかります。他の石ともぶつかります。
でも、下流に行くほど、石は丸くなっていきます。角が取れて、なめらかになります。一見すると美しい。でも、丸くなりすぎた石は、ただコロコロ転がっていくだけにも見えます。人生も同じのではないかと思うんです。
丸くなることは大切です。でも、丸くなりすぎると、牙がなくなる。爪がなくなる。引っかかりがなくなる。抵抗がなくなる。挑戦しなくなる。「これでいいや」が増えていく。
そして気づいたら、生きるための支出だけをして、自分を更新するための支出をしなくなっている。ここに、私は今回、かなり大きな気づきがありました。
経営にも必要な「攻めの支出」

経営も同じです。会社も、生き残るためのコストだけを払っていると、だんだん守りの会社になります。税理士費用、サーバー代、システム代、外注費、物流費、最低限の広告費。これらは必要です。必要経費です。
でも、必要経費だけを払っている会社は、維持はできても成長しにくい。成長する会社は、どこかで攻めの支出をしています。もちろん、無謀な支出をしているという意味ではありません。
ただ、成長する会社は、どこかでリスキーなこと、実験的なこと、すぐには回収できるか分からないことにもお金と時間を使っています。短期的には無駄に見えるかもしれない。でも、その挑戦を完全にやめてしまえば、会社も人間も丸くなりすぎてしまう。
つまり、生きるためのコストだけを払っていると、事業も人生も尖りを失うということです。
Amazon物販は、大人の人生に突起を取り戻す挑戦

どこかで思っている人もいるはずです。このまま丸く転がっていくだけでいいのか。
このまま毎年同じように働いて、同じように給料をもらって、同じように生活して、同じように年齢を重ねていくだけでいいのか。
もちろん、ここで極端な話をしたいわけではありません。家族を捨てて好き勝手に生きろとか、会社を明日辞めろとか、借金して一発勝負しろとか、そういう暴力的な話ではありません。
そうではなくて、折衷案を考えていいんじゃないかと思うんです。10代、20代の頃のような、無鉄砲ながっつき方まではいかない。でも、今のように、完全に角の取れた丸い石として、なだらかに転がっていくだけでもない。
その間に、もう一つの生き方があるのではないか。大人になった今だからこそ、節度を持って、もう一度小さな突起を作る。もう一度、少しだけ爪を立てる。もう一度、少しだけ牙を磨く。そのための現実的な選択肢の一つが、私はAmazon物販なのではないかと思っています。
Amazon物販をイケイケゴーゴーでやる人も無論います。最初から大きく資金を入れて、ガンガン仕入れて、広告もかけて、どんどん攻める人もいます。それはそれで一つのスタイルです。
でも、私が今回話したいのは、そういう若い頃のようなトゲトゲした攻め方だけではありません。むしろ、今の大人にとってのAmazon物販は、丸っこい石に、ちょっとした突起を取り戻す挑戦なのではないかと思うんです。
完全にトゲトゲしていた若い頃とは違う。完全に丸くなって転がるだけの今とも違う。その中間にある、第三のフェーズです。節度ある挑戦。無謀ではない自己投資。生活を壊さない範囲での事業づくり。
会社員としての安定を持ちながら、もう一つの収入の柱を作る。今の人生を全否定せずに、そこに少しだけ尖りを足す。これが、Amazon物販の面白さのではないかと思います。
香水は、生存ではなく自己演出のための消費

香水の話に戻ると、香水というのは、なくても生きていけます。生活必需品ではありません。別に香水をつけなくても、仕事はできます。ご飯も食べられます。家族とも暮らせます。
でも、香水をつけると、少し気分が変わります。外に出る時の自分が変わります。自分の中のスイッチが入ります。つまり香水は、生存のための消費ではなく、自己演出のための消費です。
この「自己演出のための消費」を、人は年齢とともに削っていきます。そして、生存のための支出ばかりになる。でも、人間は本当にそれだけでいいのか。これは大きな問いだと思います。

Amazon物販も、今すぐやらなくても死にません。やらなくても生活は続きます。会社員なら給料も入ります。今の仕事を続ければ、明日も来月も生活は回るでしょう。
でも、やらないままでいると、自分の中の挑戦欲求や商売感覚は、どんどん鈍っていくかもしれない。だからAmazon物販は、単なる副業ではなく、大人になってからの自己更新装置でもあると思うんです。
消費者として商品を見るだけではなく、売り手として市場を見る。給料を受け取るだけではなく、自分で商売を組み立てる。今ある生活を壊さずに、少しずつ事業家としての感覚を取り戻していく。そこに、Amazon物販の大きな意味があると思います。

もちろん、Amazon物販にもリスクはあります。在庫リスクがあります。広告費が無駄になるリスクがあります。商品が売れないリスクがあります。アカウント審査や規約変更のリスクもあります。だから、誰にでも絶対におすすめです、という話ではありません。
でも、今の人生にどこか物足りなさを感じている方、丸くなりすぎた自分に少し違和感がある方、生活は安定しているけれど、このまま転がっていくだけでいいのかと思っている方、10代、20代の頃のような無謀さはいらないけれど、あの頃の爪や牙を完全に失いたくはない方。
そういう方にとって、Amazon物販はかなり現実的な挑戦になり得ると思います。
まとめ

最後に、もう一度まとめます。若い頃のイキりは、未熟さでもありました。でも同時に、自己成長のエネルギーでもありました。大人になると、人は生きるためにイキらなくなります。それは安定です。平和です。成熟です。でも同時に、牙を失うことでもあります。
だからこそ、40代以降、50代以降の私たちは、無謀な散財ではなく、節度ある自己投資として、もう一度小さな尖りを取り戻す必要があるのではないかと思うんです。
Amazon物販は、人生を壊すための挑戦ではありません。今の人生を全否定するためのものでもありません。むしろ、今まで積み重ねてきた安定の上に、小さな突起を作るための挑戦です。
丸くなりすぎた人生に、もう一度引っかかりを作る。ただ転がるだけではなく、自分の意志で止まり、自分の意志で動き、自分の意志で商売を作る。そういう大人の挑戦として、Amazon物販を考えてみてもいいのではないか。今回は、そんなお話でした。
LINE登録はこちら
Amazon物販、中国輸入、米国Amazon販売、OEM、広告運用、商品ページ改善、販売計画で悩んでいる方は、LINEに登録してメッセージをお送りください。
LINE追加後、「無料相談」または「広告」と送ってください。
関連記事
- Amazon物販で利益が残らない本当の理由|純利益を削る3つのコストを徹底分解
- Amazon広告マニアが全指標のリアルな目安公開|CTR・CVR・CPC・セッション数
- ACOS・TACOSだけでは見えない利益改善の本質
- Amazon物販で迷ったときに見るべき数字と判断基準
- 商品が売れない時、なぜまず1商品ページ改善に注力すべきなのか
補足・免責事項
本記事は、Amazon物販、経営、自己投資、人生観に関する考え方を整理したものです。
Amazon物販、中国輸入、米国Amazon販売、広告運用、OEM、コンサルティング、事業運営に関する判断は、商品ジャンル、資金状況、販売国、Amazonの仕様変更、規約変更、市場環境、物流条件、為替、個別事情によって変わります。
本記事は、特定の売上、利益、成果、事業成功を保証するものではありません。実践する際は、ご自身の判断と責任において行ってください。

