LEVELAの件をきっかけに、改めて「個別コンサルティング」と「業務委託契約」について考えてみた

個別コンサル(海外物販)

最近、LEVELAをめぐる一連の騒動を見ていて、私自身、改めて考えさせられることがありました。

それは、世の中では「講師と生徒」「社長とスタッフ」「運営と受講生」「仲間」「幹部」「メンバー」といった言葉が、かなり曖昧に使われがちだということです。しかし、実際の社会では、そうした呼び方や空気感よりも、契約がどうなっているのか、そして実態としてどう運用されているのかが圧倒的に重要です。

今回のLEVELAの件も、表面的には「若い会社の炎上」「SNSでバズった騒ぎ」「シンガポール旅行の投稿が燃えた話」のように見えるかもしれません。ですが本質はもっと深く、契約の名前と実態が一致しているのか、そしてその会社が人をどういう立場で動かしていたのかという、極めて実務的かつ法的な問題に触れているのだと思います。

今回の記事のポイント
LEVELAの件は、単なる炎上話ではありません。公開情報ベースで見ても、「会社の見せ方」と「契約実態」が一致していたのか、そして「業務委託」という言葉が、実態に照らして本当に妥当だったのかが問われている問題です。
そしてこれは、私たちのような個別コンサルティング事業、スクール事業、オンラインサービス業にも、そのままつながる話です。

今回のLEVELA騒動は、どういう流れで広がったのか

公開情報ベースで整理すると、今回の騒動は、おおむね次のような流れで広がっていったと理解できます。

  • 代表者による「シンガポールへ50人規模を連れて行った」「旅費は会社負担」といった趣旨の発信が注目を集めた
  • 一方で、公開データや各種表示情報との整合性を疑問視する声が出た
  • 「規模感のある会社に見えるのに、被保険者数の表示と合わないのではないか」という指摘が広がった
  • そこから「実は社員ではなく、ほとんどが業務委託なのではないか」という見方が強まった
  • さらに「それは偽装請負ないし雇用偽装ではないか」という法的な議論に発展した

つまり、最初は単なる華やかな投稿として消費されるはずだったものが、次第に「その人たちは本当に社員なのか」「もし社員でないなら、どういう立場で働いていたのか」「会社はそれをどう見せていたのか」という方向へ論点が移っていったわけです。

ここで重要なのは、SNS上で疑われていることと、行政や裁判所が違法と認定したことは別だという点です。ネット上で「怪しい」と言われていることと、法的に違法と確定していることの間には、大きな隔たりがあります。したがって、現時点で外部から断定的に言うべきではありません。

ただし同時に、外から見て疑義が生じるような見せ方や発信が積み重なると、そこにコンプライアンス上の不信感が生まれるのも事実です。今回の件は、その典型例のように感じます。

まず整理したいのは、「偽装請負」と「雇用偽装」は少し違うということ

今回の件では、多くの人がまとめて「偽装請負」と呼んでいます。しかし、厳密に言えば、ここは少し整理したほうが正確です。

一般に日常会話では、請負を装って実態は派遣になっているケースも、個人事業主や業務委託という建前だが実態は雇用に近いケースも、まとめて「偽装請負」と呼ばれがちです。しかし、法的な論点としては必ずしも同じではありません。

今回LEVELAで強く問題視されているのは、どちらかといえば後者、つまり「業務委託契約と言っているが、実態としては社員同然ではないか」という論点です。この意味では、厳密には雇用偽装に近い議論とも言えます。

ここで最も大切なのは、法律は契約書のタイトルだけを見ないということです。契約書に「業務委託契約」「請負契約」「パートナー契約」と書いてあっても、実際には会社がその人に対して勤務時間、働き方、指示命令、専属性などを強くコントロールしていれば、実態に基づいて判断される余地があります。

逆に言えば、組織の中で一緒に動いているように見えても、独立した事業者としての裁量と責任と自由がきちんとあるなら、適法な業務委託として成立する余地も十分あります。問題は、見た目でも肩書でもなく、運用実態です。

では、何があると「業務委託ではなく雇用に近い」と見られやすいのか

この問題の核心は、名前ではなく運用実態です。外から見て「それは独立した事業者ではなく、会社の指揮命令下で働く人ではないか」と疑われやすくなるポイントはいくつかあります。

  • 会社側が日常的に細かい指示を出している
  • 働く時間や場所が実質的に拘束されている
  • 遅刻、欠勤、出勤、シフトのような概念で管理している
  • 他の案件や他社の仕事を自由に受けにくい
  • 本人以外の代替が認められにくい
  • 報酬が成果物単位ではなく、実質的に月給・時給に近い
  • 役職や組織図、社内ルールの中に強く組み込まれている
  • 上司・部下のような関係性で評価や統制が行われている

要するに、「独立した事業者として受託している」のではなく、上司の指示のもとで会社の一員として働いているような実態が強くなるほど、業務委託よりも雇用に近いと見られやすくなるわけです。

この観点からすると、今回SNS上などで問題視されたのは、単に「業務委託が多いらしい」という一点だけではありません。むしろ、社員旅行のような表現、採用や幹部という雇用色の強い言い回し、出勤やMTGのような組織管理をうかがわせる言葉などが積み重なったことで、外から見たときに「本当に独立事業者なのか」という疑問が強まったのだと思います。

もちろん、こうした言葉を使ったから即違法というわけではありません。しかし、見せ方と契約実態がずれているように見えると、それだけで会社の説明責任が一気に重くなります。後から「みんな業務委託です」と説明しても、社会的には説得力を失いやすいのです。

「シンガポールに連れて行った」こと自体が直ちに違法なのか

ここは誤解されやすいポイントですが、会社負担で旅行や研修や懇親会に連れて行ったこと自体が、直ちに違法というわけではありません。

たとえば、業務委託先との表彰旅行、合宿、研修旅行、懇親イベントのようなものは、理屈の上ではあり得ます。独立事業者との関係でも、交流やインセンティブのために会社負担のイベントを行うこと自体は、形式だけ見れば不可能ではありません。

ただし問題は、その旅行が単独で違法かどうかではなく、日常の運用実態を補強する事情として見られることです。普段から社員のように管理していて、肩書や呼称も社内の役職のようで、時間や行動も強くコントロールしている。そのような状況で「会社負担で50人を海外に連れて行った」となると、外部からはより一層「それは実態として社員ではないのか」と見られやすくなります。

つまり、今回の旅行の話は、それ単体が決定打というよりも、実態が雇用に近いのではないかという疑念を強める補強材料として機能した可能性が高いということです。

会社側の反論としては、どのようなものが考えられるのか

この種の議論では、会社側として当然、次のような説明が考えられます。

  • 当社は業務委託中心の組織であり、それ自体は違法ではない
  • 各人は独立した事業主であり、雇用関係ではない
  • 柔軟な働き方を採用しているだけで、違法性はない
  • ギルド型、パートナー型の組織として運営している
  • 社内で使う呼称や表現と、法的な契約形態は必ずしも一致しない

これらは理屈としては十分あり得ます。実際、業務委託中心の組織そのものは違法ではありません。ここを勘違いしてはいけないと思います。全員業務委託というだけで直ちに違法になるわけではなく、問題はあくまでその運用実態です。

たとえば、各人が本当に独立していて、受託範囲が明確で、仕事内容を断る自由があり、働く時間や場所に裁量があり、複数のクライアントを持てて、報酬も成果や役務に応じて決まり、会社から細かい指揮命令を受けていないのであれば、業務委託モデルとして成立する余地は十分あります。

逆に言えば、もしそこが曖昧で、「形式上は業務委託だが、実際には社員のように動かしていた」と見られる要素が多いなら、会社側の説明はかなり苦しくなります。今回の炎上が広がったのも、この説明責任の部分が大きいのだと思います。

この問題が本当に重いのは、法的にも実務的にも複数のリスクがあるから

この話が単なるネット炎上で終わらず、実務上も重く見られる理由は、主に三つあります。

第一に、労働法上のリスクです。
もし個々の業務委託先が、実態としては労働者に近いと判断されれば、残業代、有給休暇、解雇規制、労災などの問題が出てくる可能性があります。契約書に業務委託と書いてあっても、それだけで労働法上の問題が消えるわけではありません。

第二に、社会保険上のリスクです。
実態が被用者に近ければ、健康保険や厚生年金の加入義務との関係が問題になる可能性があります。今回「被保険者数1名」との表示が注目されたのは、まさにこの文脈です。会社の規模感の発信と公的データとの間に大きなギャップがあると、どうしても疑いの目が向きやすくなります。

第三に、税務・信用・取引先対応のリスクです。
仮に行政処分までいかなくても、取引先、採用候補者、外部パートナー、金融機関、スポンサーなどから見れば、コンプライアンス上の不安要素になり得ます。最近は特に、形式より実態を重視する見方が強く、「雇用責任を回避するために全員業務委託にしているのではないか」と受け取られると、レピュテーション面でのダメージは非常に大きくなります。

つまり、この問題は単なる言葉の問題ではありません。契約、労務、社会保険、税務、レピュテーション、採用広報、事業継続性まで含めて、広範囲に影響が及びうるテーマなのです。

私の見解:核心は「全員業務委託」ではなく、「実態が社員同然かどうか」

ここまでを踏まえると、「シンガポールに連れて行った人たちを社員のように見せていたが、実は全員業務委託なのではないか」という見方は、今回の騒動の核心をかなり突いているように思います。

ただし、法律的にはもう一段慎重に見なければなりません。全員業務委託だったら即アウトではありません。本当に問題になるのは、全員業務委託と言っているのに、実態としては社員同然なら危ないという点です。

逆に言えば、契約内容が明確で、指揮命令ではなく成果ベースで、他社取引も自由で、勤務時間や場所に裁量があり、専属性も過度ではなく、報酬設計も役務や成果に応じていて、代替可能性もあり、連携も管理責任者経由できちんと整理されているのであれば、業務委託モデルとして適法に成立する余地はあります。

したがって、今回外部から見て本当に問われているのは、「社員か業務委託か」というラベルそのものではなく、その人たちが独立した事業者として働いていたのか、それとも会社の管理下で社員同然に働いていたのかという一点に尽きるのだと思います。

現時点での率直な評価:なぜここまで疑われやすかったのか

現時点で公開されている範囲だけを見ても、雇用っぽさを疑われる外形事実がかなり多いと感じる人がいても不自然ではありません。

  • 規模感の大きな発信
  • 社員旅行を連想させる表現
  • 採用、幹部、出勤などの雇用色の強い言い回し
  • 福利厚生や組織所属を想起させる見せ方
  • 公開情報との整合性を疑問視される余地

こうしたものが積み上がると、あとから「みんな独立した事業主です」と説明しても、世間や実務家が納得しにくいのは自然です。もちろん、違法かどうかの最終判断は内部実態次第であり、契約書、発注書、勤怠管理の有無、指示系統、報酬設計、専属性、代替可能性などを見なければ断定はできません。

ただ、少なくとも外から見た印象として、「見せ方」と「実態」がずれているのではないかという疑念を持たれる土壌があったことは否定しにくいように思います。そして現代では、そのズレ自体が大きな経営リスクになります。

この話は、私たちのような個別コンサルティング事業にもそのままつながる

この一連の話を見ていて、私は自分の仕事のことも改めて考えました。弊社では個別コンサルティングを行っています。見え方としては「講師と生徒」という関係に見えるかもしれません。しかし、実務的には、これは単なる情緒的な師弟関係ではなく、契約に基づいて提供する役務です。

つまり、「なんとなく教える」「なんとなく入会してもらう」「ライブ配信の熱量で申し込んでもらう」「DMでやり取りして決済リンクを送って終わり」といったものでは、本来足りないのです。提供内容、期間、料金、役務の範囲、解約や返金のルール、クーリングオフや中途解約に関する案内の有無などを、きちんと明示したうえで成立する、れっきとした契約関係として捉える必要があります。

ここが非常に大事です。個別コンサルティングは、見た目は「教える・学ぶ」という関係でも、実態としてはサービス提供者と申込者の契約関係です。だからこそ、感覚ではなく、契約・説明・運用・記録・ルール整備が必要になります。

今回のLEVELAの件を他人事として見るのではなく、自分たちの事業もまた、契約の明確さと運用の適正さが問われるのだと考えるべきだと思いました。呼び方が「生徒」「受講生」「メンバー」「仲間」であっても、そこに役務提供と金銭授受がある以上、事業者としての責任は消えません。

個別コンサルティングも、実はかなり「契約実務」の世界である

実際、個別コンサルティングやスクール事業の世界では、今でも驚くほど曖昧な運営が少なくありません。契約書もないまま、申込フォームだけで高額な代金を振り込んでもらう。説明不足のまま入会してもらい、「思っていた内容と違う」「こんなサポートがあると思わなかった」「返金できないと言われた」といったトラブルになる。そうしたケースは決して珍しくありません。

さらに、業務を外部のスタッフやサポート担当者に委託している場合は、そこでまた別の論点が出てきます。たとえば、サポート担当者、営業担当者、事務局、運営メンバーなどを「業務委託」で動かしているとしても、その人たちの働かせ方が社員同然になっていないかは、常に意識しなければなりません。

つまり、個別コンサルティング事業というのは、表面だけ見ると「人間関係」「教育」「寄り添い」「熱意」で成り立っているように見えますが、その土台には、契約、説明責任、役務設計、法令対応、運用ルールがあります。感情だけではなく、極めて実務的な世界なのです。

契約書は冷たいものではなく、お互いを守るためのもの

契約書というと、どこか堅苦しく、冷たく、人間味がないもののように感じる方もいるかもしれません。しかし実際には逆です。契約書は、お互いを守るためのものです。

事業者側が「ここまでを提供します」「ここから先は含みません」「サポートの範囲はこうです」「解約や返金のルールはこうです」と明確にし、申込者側も「その条件で申し込みます」と理解したうえで関係が始まる。それがあるからこそ、不要な誤解や感情的なトラブルを減らすことができます。

高額なコンサルティング、継続サポート、長期伴走型のサービスであればあるほど、この線引きは重要です。特にオンライン時代は、SNSの熱量やキャラクターの魅力で申込みが入ることも多いため、事業者側が意識的に契約の整備をしておかなければ、後から大きなズレが生まれやすくなります。

SNS時代だからこそ、「簡単に売れること」と「適切に契約すること」は別問題である

最近は、SNSやオンライン決済の普及によって、契約の重みが軽く見られがちです。DMでやり取りして、リンクを送り、決済が完了し、チャットに招待して終わり。ライブ配信や説明会の勢いのまま申し込みが入る。そうした流れ自体は、今の時代では自然です。

ですが、だからこそ事業者側には、「簡単に売れる」ことと「適切に契約する」ことは別問題だという意識が必要です。売上が立つことと、経営として健全であることは同じではありません。売上が立っていても、契約や説明や運用が曖昧であれば、後から必ず歪みが出ます。

今回のLEVELAの件は、そのことを非常によく示しているように思います。ラベル、ノリ、見せ方、勢いだけで事業を拡大していくと、ある日突然、実態とのズレが表面化する。そのときに問われるのは、言い訳ではなく、契約と運用の中身です。

今回の件をきっかけに、改めて足元を見直したい

だから、今回の件をきっかけに、私たちも改めて足元を見直す必要があると感じています。個別コンサルティングというと、つい「教える側」「学ぶ側」という関係性ばかりに意識が向きます。しかし、その土台には契約があり、役務提供があり、場合によってはクーリングオフや中途解約といった制度も関わってきます。

同時に、運営メンバーやサポート担当者との関係でも、「業務委託と言いながら、実態は雇用に近くなっていないか」を見直すことが重要です。これは他社を批判するためではなく、自分たちが同じ落とし穴にはまらないためです。勢いで組織を大きく見せるのではなく、契約と実態と説明を一致させる。その基本を守ることが、長く事業を続けるうえで不可欠なのだと思います。

まとめ

今回のLEVELAの件は、表面的には「シンガポール旅行投稿から始まった炎上」に見えます。しかし、その本質は、契約の名称と実態が一致しているのか、そして事業者として説明責任を果たしているのかという点にあります。

そしてそれは、SNS運用会社やスタートアップだけの問題ではありません。私たちのように個別コンサルティングを行う事業者もまた、感覚や人間関係だけで動くのではなく、契約、役務提供、解約ルール、業務委託の設計、法令対応といった土台を整えたうえで運営していく必要があります。

講師と生徒という言葉はやわらかいですが、その実態はれっきとした契約関係です。業務委託という言葉も便利ですが、その言葉だけでは何も守ってくれません。守ってくれるのは、契約と実態が一致していること、そして説明と運用が整っていることです。

だからこそ、曖昧さではなく明確さ。勢いではなく整備。ノリではなく契約。そこを大切にしていくことが、これからのコンサルティング事業、オンライン事業、業務委託活用型の事業にはますます求められていくのだと思います。


※免責事項
本記事は、公開情報や一般論を踏まえた考察を目的としたものであり、LEVELAその他特定企業について違法性を断定するものではありません。個別具体的な法的判断には、契約書、発注書、実際の運用、指揮命令関係、勤怠管理、専属性、報酬体系等の精査が必要です。また、個別コンサルティング契約におけるクーリングオフや中途解約の適用可否も、契約形態や提供内容によって異なるため、必要に応じて弁護士その他の専門家へご確認ください。

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